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METAL HAMMER JAPAN 編集部ブログ

《スペシャル“パンテラ”インタビュー②》アウトレイジ【『METAL HAMMER JAPAN Vol.12』より】

ライヴ共演者が間近で見たパンテラのサウンドと人間味。

 《スペシャル“パンテラ”インタビュー①》のテリー・デイトの話に続いては、パンテラの初来日ステージをサポートしたアウトレイジの丹下と阿部が語る、当時の様子を一部紹介しよう。
 ライヴはもちろん、サウンド・チェックから打ち上げまで間近で見ていた彼らに、パンテラのプレイ、そして人間性はどのように映ったのか? 同世代であるふたりが、30年前の彼の日のことを、まるで昨日のことのように語ってくれた。

 

『俗悪』は突き抜けているというか
芸風を確立したというか。(阿部)

 

—そもそも、パンテラというバンドの存在を知ったのはいつ頃でしょうか? 
丹下眞也 バンド名とデフ・レパードっぽいことをやっているという情報は知っていたんですが、自分の好みではないなと勝手に推測して、聴いてはいなかったんです。『カウボーイズ・フロム・ヘル』が出たときに話題になって、それで聴いてみたという具合です。ただ、正直な話“ショックを受けた”ということはなくて、“あ、そうなの?”という感覚でしたね。
阿部洋介 “ブームが来てる”というのが先に立っていたので、ちょっと壁みたいなものはありましたからね。僕も『カウボーイズ〜』から聴いて、そこから遡って過去のアルバムも聴いたら“光るものがあるな”と納得しました。

—日本のリスナーの多くも、『カウボーイズ〜』で初遭遇というケースでしょうね。今回の話のテーマは『俗悪』になりますが、『カウボーイズ〜』から2年後の作品となる『俗悪』を聴いたときの印象は?
阿部 『俗悪』はやっぱりピンときたよね。なんか突き抜けているというか、芸風を確立したというか。特に「ウォーク」とかちょっと変わったグルーヴで、タメ具合もユーモラスじゃないですか。
丹下 成長というとちょっと図々しいのかもしれませんが、“こんなにメジャーな感じになってくるんだ”ってビックリしましたね。特にギターの音。今聴くと『カウボーイズ〜』からの流れなんですけど、エッジの効いた感じ、鋭さをより極めていると思う。メタリカとはまた違う、聴いたことのないソリッドさがあるなという気はしました。
阿部 さらに言うと、僕はドラムの音が発明だなと思った。バッキバキのやつ。

—なるほど。そして発売同年の初の日本公演にて、アウトレイジはオープニング・アクトを務めます。それまでも海外バンドとの共演はありますが、話題のバンドであったパンテラとステージをともにすると聞いたときの感想は?
丹下 旬のバンドっていう、一番トップに上がったときですからね。やっぱり嬉しいというか、ありがとうっていう感じですね。自分は自分たちのライヴをやるのとまったく変わらない気持ちでしたけど、さすがにパンテラとなると公演数が多くて会場が大きいというのがあるし、当然パンテラのファンが多いわけなので、受け入れてもらえるかな?っていう心配はありましたね。
阿部 会場がスタンディングのフロアじゃなく椅子が固定だったんで、その経験があまりないのでそれがキツかったな。

—ズバリ、生演奏を間近で観たときの感想は?
丹下 私はサウンド・チェックを見て驚きましたね。そこでの音を聴いて“CDと同じじゃん!”って、それがまず驚きでした。ギターもドラムも、もちろんベースもみんな同じ音で“なんじゃこれは!”って。
阿部 僕も同じで、演奏もさることながらサウンドにビックリしましたね。“ライヴでこれ?”みたいな。

—プロが見ても、高次元の再現度であったと。
丹下 パンテラ・チームの技術力なのか、普通はならないですよ。ドラムはトリガーを使っているので、使っていないバンドよりははるかに再現できるとは思いますが。ただそれも、実際に見て“こんなもんがあるんだ”って感じでしたよね。トリガーの存在は知っていましたけど、実際に使っているのを見たことがなかったので。“あ、これなんだ。これは太刀打ちできないよな”と、そのときは思いましたね。

—すべてのドラムにトリガーが?
丹下 はっきり記憶はしていないんですけど、全部に使っていたと思います。タムは上からじゃなくてなかにマイクを入れていて、シンバルも1本1本の下に小さいマイクを付けて採っていた記憶があります。そういうのってメリットとデメリットがあるんですけど、パンテラの場合は音の分離を良くさせるためにやっていたと思います。

 

“普段行かないところに”って感じで
近所のつぼ八に行ったんですよ。(丹下)

 

—丹下さんから見た、ヴィニーのドラマーとしての特徴は?
丹下 もうぶっ叩いている感じですよね。
あとはドラム・セットがデカい。特にタムが長いので、すごい斜めにしていましたね。パンテラはヴァン・ヘイレンに似ていると思っていて、アレックス・ヴァン・ヘイレンみたいな感じで、基本はぶっ叩いている感じでアメリカ人ならではのグルーヴがある。テクニックとグルーヴの両方を持っているんです。

—実際に、ドラムについて話すことはありましたか?
丹下 彼は少し年上だから、ワイワイするというタイプじゃなかったので、話す機会はなかなかなかったんです。ただドラムをうしろから見てはいて。ツーバスを使っているところで、ヴィニーのスライドは横にズラす動きで、それを両足でやるんですよ。当時はその奏法を知らなくて、タップダンスを踊っているようで“ナニコレ状態”ですよね。足を浮かせたまま全身を胴体で支えて演奏して、めちゃめちゃコントロールが効いているで、これはすごいなと思いました。

—阿部さんは、ダレルについてどのようなギタリストだと感じましたか?
阿部 うまい! 当時、彼に関するトピックであったのが、アンプがトランジスタだということ。それは当時は特に変わっていて、実際のサウンドも変わっている。それが第一印象で、こういうやり方があるのかと。ギター・ソロもすごく音がいいじゃないですか。演奏も丁寧ですよね。逆に神経質さを感じるというか、全部をちゃんと置きにいっているという。破天荒なパーティ感とは裏腹に、すごい丁寧に弾いている感じですね。

 

◎続きは『METAL HAMMER JAPAN Vol.12』 でどうぞ

 

『METAL HAMMER JAPAN Vol.12』 ではダイムバッグ・ダレルとレックス・ブラウンの復刻インタビュー、そしてプロデューサーであるテリー・デイトのインタビューも掲載!

 

『METAL HAMMER JAPAN Vol.12』発売中!

 

《スペシャル“パンテラ”インタビュー①》テリー・デイト【『METAL HAMMER JAPAN Vol.12』より】

プロデューサーが見ていた『俗悪』の一部始終。

 『METAL HAMMER JAPAN Vol.12』では、1992年発売された名盤『俗悪』を特集。ここではその一部を公開!
 パンテラのメジャー・デビュー作『カウボーイズ・フロム・ヘル』から制作作業に関わるプロデューサー/エンジニア、テリー・デイト。
 80年代から現在に至るまで数多くのバンドのサウンドを昇華させていったテリーだが、彼のライブラリーのなかでも最も輝くキャリアと言えば、やはり『俗悪』を筆頭としたパンテラの作品群だろう。今聴いてもまったく色褪せないあのモダンなサウンドは、彼なしでは生まれなかったと言える、まさに“5人目のメンバー”と形容して遜色のない人物である。
 そんな彼が改めて『俗悪』サウンドの秘密を語ってくれた。

Translation by Mirai Kawashima

 

私にとって大切なのは
信頼性と演奏能力。

 

—パンテラとの仕事は、彼らのメジャー・デビュー作『カウボーイズ・フロム・ヘル』が最初ですね。それ以前から、彼らのことは知っていましたか?
 いや、知らなかったね。当時の私のマネージャー(ウォルター・オブライエン氏)が『カウボーイズ〜』のデモを送ってきたんだ。かなり素晴らしいと思ったけど、私は音楽だけで仕事を決めていたわけではなくて。一緒に仕事をする人たちと仲良くやれるかが重要だからさ。

—仲間として作業できる相手ではないといけない、と。
 そう。だからテキサスまで飛行機で行って、一緒に過ごしてみた。彼らは私のことは知らなかったから最初は懐疑的で“自分たちのサークルにやって来たヨソ者”という感じだったけど、1日一緒に過ごしてみると私にあだ名をつけるほど仲良くなって、それで仲間になれたなと思ったものだよ(笑)。

—パンテラは最初からあなたと仕事をしようと決めていたわけではなかったということですね?
 はっきりとした経緯はわからないけど、私が第一候補ではなかったことは確かだ。実際に顔を合わせてお互いに理解し合うまで、彼らは本当に私でいいのか迷っていたんだと思う。一緒にレコードを作るということは、スタジオのなかで本当に長い時間をともにするということだから、人間的にうまくやれなくてはならないから。

—事前に聴いたデモから、パンテラというバンドのどんなことを感じ取ったんでしょうか?
 私にとって大切なのは信頼性と演奏能力。バンドが自分たちのやっていることをきちんと理解していると、あるフィーリングが生まれるんだよ。だから私はいつもライヴを観て決めるようにしている。録音された曲を聴くときだって、私はいつもライヴのオーディエンスの目線でいるようにしているから。

—ではテキサスに行ったときも、彼らのライヴも観たんですね?
 そう。初日に車で北へ1時間ほどのクラブに行ってね。もちろん超満員だった。彼らのライヴを観て、これは間違いないとすぐに思ったよ。

—彼らのいいところ、逆に弱点は何だと思いましたか?
 そのときに、そういう判断はしていないように思う。その日たまたまライヴの調子が悪かったとしても、それがスタジオでうまくやれないことを意味しているわけではないから、私はライヴやデモですべてを判断するようなことはしないんだ。いいところや弱点を求めるのではなく、人間性や演奏能力を求めているからさ。

 

彼らが欲するサウンドを実現するのが
私の果たした重要な役割。

 

—そんな彼らの良さを引き出すため、あなたはどのようなプロデュースをしようと考えましたか?
 “より良いものにするためにこうしよう”みたいな計画はなかったね。私の一番の目的は、彼らに最良の演奏をしてもらうこと。ライヴで観た彼らの演奏は最高のもので、デモにも素晴らしいフィーリングがあったから、それを保持したかった。デモは生演奏で録って、多少のミスなどがあるにしてもとても勢いがあるのに、実際のレコーディングではそれが失われてしまうことがあるけど、それを可能な限りライヴなフィーリングにしたかったのさ。『カウボーイズ〜』に限らず、バンドには“どういうサウンドにしたいか”という具体的なヴィジョンがあって、そのことについてきちんと話し合ったよ。彼らが欲するサウンドを実現するのが、私の果たした重要な役割だった。

—なるほど。
 それから演奏のさせ方だね。演奏するときに彼らがヘッドフォンで聴いている音が優れていれば、バンドもやる気が出て、演奏もさらに素晴らしいものになる……というのが私の考え。だからヘッドフォンからいい音が聴こえるようにすることも私の仕事さ。

—彼らとの作業はどのようなものでしたか? 
 彼らがリリースしたビデオにはクレイジーなシーンが出てくるだろ? スタジオでは毎日あんなことが起こっていたんだよ。あるときは疲労困憊、あるときは人生で一番楽しい1日……みたいな感じさ。ノンストップのエンターテインメントだったね(笑)。緊張や怒りみたいなものはなくて、毎日パーティをしているようなものだったな(笑)。狂っていたよ。彼らについて聞く噂話みたいなことは、どれも日常的に起こっていたんだから!

◎続きは『METAL HAMMER JAPAN Vol.12』 でどうぞ

 

『METAL HAMMER JAPAN Vol.12』 ではダイムバッグ・ダレルとレックス・ブラウンの復刻インタビュー、そして初来日公演にて共演したアウトレイジのインタビューも掲載!

 

『METAL HAMMER JAPAN Vol.12』発売中!

 

《最新インタビュー》メガデス

 熱狂の渦を生み出したメガデスの日本武道館公演。30年のときを経ての開催で、また当時のメンバーであるマーティ・フリードマンとの約24年ぶりの共演というトピックもあり、パンデミック前の各ステージを思い返しても、近年まれに見る盛り上がりを見せた一夜だったと言えるだろう。
 その数日前には同じ東京エリアである[豊洲PIT]での公演も開催されており、かつ本会場ではマーティとのリハーサルも行なわれていた。今回はその翌日、東京公演を数日後に控えたメガデスのメンバー……デイヴ・ムステイン、聞こ・ルーレイロ、ダーク・ヴェルビューレン、ジェイムズ・ロメンゾの4人に話を聴くことができた。
 本web記事では豊洲公演、そしてマーティとのリハーサルについての話題をご紹介しよう。

Translation by Kyoko Amatatus Maruyama
Interpretation 
by
Tommy Morly

◎インタビューの完全版は次号『METAL HAMMER JAPAN Vol.14』にて!

 

そもそもマーティと再び会えたことが素晴らしかったね。
たくさんの思い出がよみがえって、すぐにグレイトなムードになれたから。

―日本武道館公演を控えた、同じ東京エリアでの[豊洲PIT]公演でしたが、ここも大盛況となりましたね!
ダーク・ヴェルビューレン グレイトだったよ。僕らが前回プレイしてから数年ぶりということで期待が大きかったのがわかっていたし、パンデミックのせいでライヴそのものが誰にとってもご無沙汰だったわけだろ? 本当に誰もが興奮していたと思う。それは僕らにとってもそうで、ここに戻ってこられて興奮していたし、ショウが始まった直後のリアクションには特別なものを感じたよ。
ジェイムズ・ロメンゾ ホテルでもファンに会ったんだけど、日本武道館公演に関することや豊洲PITでの手応えなど、一連の熱狂を目にしてとても嬉しく思っているね。
キコ・ルーレイロ 僕らは常に日本でライヴがしたいと思ってきたし、最後にプレイしたのは2017年だったかな? かなり久しぶりだったんだ。僕らは去年の12月に再び集まってプレイし始めたんだけど、今回はさらにマーティを迎えて演奏する。これって本当にグレイトなことだよ。
デイヴ・ムステイン 昨夜のショウはグッドだったし、日本武道館の前に一発プレイできたことは良かったと思うな。ギターに積もっていた埃も取り払って調子を確認することができたからね(ニヤ)。12月初頭以来、俺らはそろってプレイしていなかったんだ。もう3ヵ月も一緒に演奏していなかったわけで、バンドがひとつになることが必要だった。俺はひとりで家にいるときはそんなにギターをプレイしないからさ。

―そんなことを一瞬も感じさせないステージでした。
デイヴ 昨晩ステージに上がってオーディエンスを目にして、武道館に向けたとても綿密なリハーサルをしているような気分だったんだ。日本の友人たちをたくさん目にしたし、本当に見たことのある顔触れがフロアにはそろっていた。君を見つけられなかったのは申し訳ないが(笑)、長年親交のあった人たちがそろっていたんだよ。あんなに和気あいあいとした雰囲気があったのは素晴らしいことだよな。武道館のライヴはもっとスケールの大きいものになるし、カメラが20台以上も入ることになるから、相当ビジーなショウになるだろう。実際友人たちとゆったりと過ごす感じにはならないだろうから、昨晩は彼らと身近に触れ合うことができて良かったよ。

―“喉の手術後”という点でも、日本公演としては昨夜が初となりました。2017年のステージよりも、明らかに声が力強くなったと感じられました。実際に、歌いやすくなっという実感はあるものですか?
デイヴ サンキュー! 俺らは武道館をパーフェクトなものとするために、とにかく細かいパートを詰めることに集中しているんだ。歌ってのもギターを弾き込めばプレイがもっと良くなるのと同じようなもので、武道館では歌う感覚がもっと戻ってくるだろうね。


―ダークとキコはデイヴの術後の経過を間近で見てきましたが、歌唱の回復についてはどう感じていましたか?
ダーク 2020年初頭にはヨーロッパをツアーしていたんだけど、それはデイヴが手術を行なった直後のものだった。みんなライヴを行うことにナーバスになっていたし、デイヴだってもちろんそうだったと思う。
デイヴ あぁ、そうだったな。
ダーク でも彼は新たな声を見つけたような感じだったし、自身のなかに埋め込まれていた問題が取り除かれることで、再びかつての状態に戻れたんだ。復活してからのツアーでは、行程が進むにつれて声がどんどん強くなっていくのが感じられて、日を追うごとにライヴが良くなっていったよ。こんなことは今までに感じたことがなかったし、ときには鳥肌が立つようなことさえもあったから。
デイヴ ありがとう。ダークは歌うことがないから当てはまらないんだが、キコとジェイムズは俺をサポートしてくれていた。特にステージに上がる前の声のウォームアップを一緒にやってくれていたんだ。俺は自分のことをヴォーカリストとして考えたことがなくって、“歌いもするギター・プレイヤー”と考えてきたから、そういったことを今までにやってこなかったんだ。でも今じゃ、ウォームアップの時間が長めに取れるなら、声を出すことにも重きを置いてやっているね。

―どんなアップをするんですか?
デイヴ 曲を徹底的にプレイすることもあるし、そのおかげで本番の長いステージをバッチリのパフォーマンスで終えることができている。これによってすべてがやりやすくなったよ。俺は曲をしっかりと聴くことさえできれば、それによって細かいパートも自然とプレイできるようになってくるものなんだ。

―昨日はマーティを交えたリハーサルが行なわれたそうですね。相当久しぶりのことだったと思いますが、彼とのジャムはいかがでしたか?
デイヴ キコとマーティが話し合っている光景を見たり、そもそもアイツと再び会えたことが素晴らしかったね。たくさんの思い出がよみがえり、すぐにグレイトなムードになれたから、それ以上の多くのフィーリングを思い出すことはなかったかな。

―キコは、マーティ在籍時の過去曲では、概ねオリジナルを尊重したソロをプレイしていますよね。
キコ 今まで映像や音源で充分に研究してきたから、今回改めて彼から何かを学ぶという感じではなかったけど、彼とステージで一緒にプレイすることは楽しかったね。以前から彼のスタイルを知っいるし、そもそも共演する曲はずっと前から知っていた曲でもあったからさ。

―リズム体としては、現在のメガデスが持っているグルーヴにマーティが入ってくるような感覚でしたか?
ダーク 正直なところ、僕らには何の選択権もなかったよ(笑)。
ジェイムズ マーティがステージに上がる直前まで俺らは音を合わせていたんだけど、彼がステージに上がって発した最初の言葉は“ダークのドラムはゾクゾクするね”ってことだった。バンド全体があまりにもパワフルなサウンドだったから、彼は俺らと一緒にプレイすることに興奮していたらしいんだ。率直にそう言ってもらえてこちらも光栄だったよ。彼の存在によって俺らも何かを引き出されたような感覚だったね。

 

◎インタビューの完全版は次号『METAL HAMMER JAPAN Vol.14』にて!
マーティ・フリードマンの最新インタビューはこちら

 
最新アルバムが発売中!

 

《ヘヴィの流儀》マーティ・フリードマン【『METAL HAMMER JAPAN Vol.13』より】

メガデスと約24年ぶりの共演を果たしたマーティ・フリードマンに直撃!
彼ならではのヘヴィとは!?

 数々のメディア出演など、今では幅広い層にお馴染みのマーティ・フリードマンだが、やはりマーティにはヘヴィなステージが似合う! 先日のメガデス日本武道館公演での邂逅を皮切りに、彼のヘヴィ・サウンドのルーツを聞く。やっぱりマーティってメタルじゃん!

 

メガデスを脱退したあと
完全に無視していました。

—今回は2月末のメガデス日本武道館公演にて久しぶりに彼らとステージをともにしたマーティさんに、“ヘヴィの流儀”を聞いていきたいと思います! 本取材は公演前ではあるんですが、この話はいつ頃からあがったものでしょうか?
 去年の秋〜冬くらいだったと思います。ムステインから“興味はあるか?”と連絡がきて、“やる”と言ったら“じゃあ詳細がわかったらまた連絡する”と言われたんですよ。

—そもそも、今現在もムステインと親交があったことが意外でもありました。
 しょっちゅうではないけど、連絡があってもビックリはしない。普通に親しいし、お互いの活動を応援したりとか、情報を交換したりとか、大したことはないけど、たまに連絡はありますね。

—遡れば1993年の『破滅へのカウントダウン』時の日本ツアーでは日本武道館公演が予定されていましたが、ムステインの体調問題からツアーがキャンセルになったということがあります。当時は悔しい想いもあったと思います。
 当時の気持ちを簡単に言うと、最初はめちゃめちゃガッカリしました。特に僕ぐらいの年齢のロック・ミュージシャンはチープ・トリックとかキッスとか、伝説的な武道館ライヴにすごく憧れるじゃないですか。やっと武道館が決定になってすごく嬉しかったのに、いきなりなくなったことで、怒りとかガッカリとか、いろんなネガティブな気持ちはもちろんあったんですけど、最終的にはあくまで“ライヴ1本はライヴ1本”で、人の人生はよほど比べられないほど大事だから。

—それくらい、ムステインの状態は悪かったんですね。
 最初はなんだよという感じだったけど、ふざけてキャンセルになったんじゃなくて、このままだと本当に死んじゃうわけ。彼も僕とまったく同じで武道館でやりたかったし。その瞬間はもちろん人間だから嬉しくはないけど、深く考えたらそれを乗り越えて元気になるほうがよほど嬉しいじゃない? もしそのとき武道館でライヴを行なっていたら大変なことになっていた可能性もあったし、本当に冷静に考えたら最終的には彼が健康になって非常に嬉しいですよ。

—心身ともに健康であればこそ、音楽も続けられるわけですからね。そしてその積み重ねで、今回メガデスも日本武道館に戻ってこれたわけで。続けることの大切さを痛感させられます。
 尊敬してますよ。僕はそんなに細かくメガデスの行動を追っているわけじゃないんですけど、まだやっていて、そして武道館が決まってる。そのメインテナンスは本当大変じゃないですか。だからやるじゃんって。僕とまったく違う方向にいったんですけど、このきっかけで再会できるなんて非常におめでたいことです。

—ですね(ニコ)。
 だって、普通のバンドの寿命は短い。メガデスって簡単なバンドじゃないですよね。バンドのダイナミクスが独特ですから、いいミュージシャンでもバンドのダイナミクスにうまく合わせないと難しいと思うので、演奏の部分にも人間関係の独特のスキルが必要です。それって非常にレア・スキルだと思います。だから人が出たり入ったりするけど、そうなのにずっと続けてきてツアーもやったり、非常に誇りを持つべきだと思う。だから僕はその成功を見てとても心が温まるし、これができて嬉しいです。

—バンドを去ったあとでも、やはりそういう喜びは共有できるものですよね。
 僕は脱退したあと、完全にメガデスのことを無視していました。例えば取材でもメガデスの話は一切しない。必ず断る。今までですよ、20年くらい。そうすることで自分のやりたいことがメガデスと関係なく進められるじゃん。だから今メガデスの話ができるということは、自分のことがちゃんとできているということ。ただ、初めてメガデスの話ができるようになったので、ちょっと何を話せばいいかわからないですね(笑)。

—この20年間を自分の力でやりきって、マーティ・フリードマンというミュージシャンを確立したからこそ、メガデスのことを話してもいいという気持ちになったということですね。
 なりましたね。こういうシチュエーションって、ふた通りあるかもしれない。ひとつは前に入っていたバンドのことを名乗って“元メガデスの人だから、メガデスっぽい話題を出して”とか。でも僕はそれは全然興味ないし、そう思われたくはなかったので、なるべく早く完全にメガデス関係は切りました。たまにメンバーから“今〇〇を作ってるからコメントしてくれる?”とかあって、ちょっと嫌ながら“まあいいや、友達だから”って輪を守るためにやったんですけど、いつも後悔した。僕の歴史上でも非常に誇りなんですけど、メガデスはメガデス、マーティはマーティだから。だから今回一緒にやるのは、ちょっとドキドキするんですよ。

 

 

◎続きは『METAL HAMMER JAPAN Vol.13』 でどうぞ

 

『METAL HAMMER JAPAN Vol.13』発売中!

 

《スペシャル・インタビュー》サム・カーター/アーキテクツ【『METAL HAMMER JAPAN Vol.13』より】

同世代ヴォーカリストのなかでも群を抜いて秀でたサム・カーターが
読者からの質問に答える。

 2022年、新作『The Classic Symptoms Of A Broken Spirit』をリリースしたアーキテクツのサム・カーター。ヴォーカリストとしてバンドの顔を務める彼だが、ご存知のとおりオリジナル・メンバーではない。そんなサムはどのような形で加入し、そしてその独特なヴォイスはどのようにして作りあげたのか? 読者からの数々の質問に、彼ならではの真面目さと繊細な思考で答える。

Interpretation by Tommy Morly

 

俺は発狂し、怯え、叫び、ジンをカッ喰らったんだ。

 サム・カーターは、同世代のなかでも群を抜いて秀でたヴォーカリストのひとりだ。ナンバー・ワンを記録したアルバムを引っ提げてビッフィ・クライロと行なった大規模なアリーナ・ツアーでは、新たなオーディエンスを前に、自分たちの勢いがとどまらないことを示した。しかしサムは読者からの質問をどう切り抜けるだろうか?

 

—海沿いの街として過大評価されているのは、ブラックプールとブライトンのどちらですか? その理由も教えてください。
 ともに俺の心のなかにヘンな形で存在している。俺のバアさんはバーンリー(ブラックプールの東にある街)の出身で、ガキの頃に遊びに行っていたよ。ブライトンはたぶん過大評価されているね。けっこうビジーな街だよな。グレイトだけど、ホヴ(ブライトンの西に隣接した街)のほうがベターだ。俺は死ぬまでホヴ推しだな。

 

—もしポケモンを手に入れることができるとしたら、どのモンスターを手に入れますか?
 “フォッコ”は俺の飼っているソフィアっていう犬に似ているんだ。彼女はルーマニアのレスキュー犬で、けっこうな雑種なんだが、キツネみたいなルックスをしているよ。

 

—折れてしまったスピリットを、どう癒していますか?
 1年も経てば治るさ! できることなら自分が置かれた状況を笑えるようでありたいよね。誰もができるわけじゃないけど、暗闇のなかでも光を見つけられるようでなきゃならないね。

 

—すでに存在しているバンドに参加することは、あなたにとってチャレンジングなことでしたか? 最初は自分のスタイルでトライしましたか、それとも加入以前からバンドのスタイルに追いつくことを目指しましたか?
 俺がオリジナル・ラインナップにいなかったことに、多くの人は気づいていなかったんだ。“オリジナル・ラインナップじゃなきゃダメだ”という神話を俺は崩してやったんだ!
 バンドの最初のUKでのヘッドライン・ツアーに俺は参加し、毎晩ステージに登って最後の曲で(以前のヴォーカリストのマット・ジョンソンとともに)歌っていたから、新ヴォーカリストとしてすでに俺を紹介してくれていたようなものだった。
 当時の俺はマヌケなところがあって、エネルギーに満ち溢れていた。高いところに登っては跳び降りたりしていて、目障りな野郎だったと思うね。

 

—ライヴで歌っていてエモーショナルになり過ぎる曲はありますか?
 「Memento Mori」(2016年の『All Our Gods Have Abandoned Us』に収録)だね。トムにとってあまりにも重要な曲だったから、ライヴでフルでプレイすることはないだろうと常に話し合ってきた。彼抜きでやってもシックリこないだろうからさ。たくさんのものが混じり合い、想いが引き起こされる曲なんだ。

 

—[アビー・ロード・スタジオ]で行なった『For Those That Wish to Exist at Abbey Road』のレコーディングのように、ライヴでオーケストラと共演する計画はありますか? 
 ぜひやってみたいと思うよ。アビー・ロードって、そこにいただけでも信じられないような場所だった。あまりにも特別だったから、あの場で感じたエモーションをボトルに詰められていたらと思うよ。あまりにも凄腕のミュージシャンたちに囲まれていたから、俺らは“台ナシにするんじゃないぞ、絶対に台ナシにしちゃダメだぞ”となっていたからさ。さすがにその状況は収められていないけど、「Black Lungs」をやった直後に俺はパニくってしまい部屋を出ていったんだ。
 俺は“ダメだ、もう無理だ!”って感じで完璧にナーバスになっていたし、俺の喉も閉まって歌えなくなっていた。あれだけ多くの人と長い時間同じ部屋にいたのは初めてのことだったし、カメラやたくさんの照明まであったわけだから。数年ぶりのパフォーマンスだったうえに、あの曲でのヴォーカルはヒドいものだったな。
 アビー・ロードっていうのは俺にとって重要な場所だったから、目から涙が溢れそうだった。俺は“自分だけじゃなく、みんなのことまでも台ナシにさせてしまうんじゃないのか?”となっていたよ。そうしたら俺らのマネージャーがジン・トニックを手渡し、“5分くらい落ち着け、そうすりゃお前は大丈夫さ”と言ってくれた。だからよく聴き返してくれれば「Black Lungs」で俺はナーバスになっていて、進むに連れてもっと快適になっていくのがわかると思うね。誰にもこのことを教えた話がないけど、俺は発狂し、怯え、叫び、ジンをカッ喰らったんだよ。

 

◎続きは『METAL HAMMER JAPAN Vol.13』 でどうぞ

 

『METAL HAMMER JAPAN Vol.13』発売中!

 

《Damian Hamada's Creatures第2期メンバー・オーディション開催を発表》

D.H.C.が第2期活動に向けメンバー・オーディションを開催!

 

 る2月15日、コロナ禍に巻き込まれ“++”の年月を追加して行なわれてきた“期間再延長再集結”を《35++執念の大黒ミサツアー FINAL》にて大団円を迎え、魔界へと帰っていった聖飢魔Ⅱ。そんな悪魔たちの頭目であるダミアン浜田陛下の音楽活動の場となるのがDamian Hamada's Creatures(D.H.C.)だ。
 これまでD.H.C.は、悪魔によって改臟されたバンド“金属恵比須”が演奏を担当してきたが、彼ら本来の活動が活発化したことで両立が難しくなり、ダミアン浜田陛下も“人間界への帰還を認めた”と快く送り出していた。
 そこで新たに<ギタリスト>、<ベーシスト>、<ドラマー>を見出す《第2期メンバー・オーディション》が開催される。もちろん純然なるヘヴィメタル・バンドであるD.H.C.なので、ダミアン浜田陛下の求めるミュージシャン像は激しくかつ個性的だ。
 ギタリストには“美しさとスピードを兼ね備えた荒鷲のようなギタリストだ。速弾きやさまざまな技巧を身につけていることはもちろん、メロディを大切にし1音1音に魂を込めて弾ける”ことを求めている。同じくベーシスト、ドラマーについては“勇猛さと気品を兼ね備えた黒豹のようなベーシストと、とにかくスケールの大きいシロナガスクジラのようなドラマーだ。ベーシストは音楽を重低音で支えながらも、決してほかの音に埋もれることなく美しい音で存在感をアピールしてほしい。ドラマーにはパワフルであることはもちろんのこと、壮大な曲や変拍子を含むトリッキーな曲も難なくこなし、ど派手に盛り上げてもらいたい”とその理想像を語ってくれた。
 オーディションは3月より開始で、4月末まで受け付けている。1次審査は課題曲を演奏する動画審査で、最終審査で実演が試される。詳しい内容はオフィシャル・ホームページにて確認してほしい。
 新メンバーが決まったのち、ダミアン浜田陛下はD.H.C.を新たにどのようなバンドにしようと考えているのか!?
 “結成当時から打ち出していた「地球魔界化計画」を一層推進するために、ふたつのヴィジョンがある。ひとつは日本各地でライヴを通して魔界教育を行ないたい。「音は重く、フットワークは軽く」だ。もうひとつは、今までより短いスパンで聖典を世に出して魔界教育を加速させたいと願っておる”
 腕に覚えがある、そして“悪魔に身を捧げ、改臟されてもいい”というミュージシャンはぜひ挑戦し、聖典に自らの音を刻んでほしい!

 

 

《Damian Hamada's Creatures第2期メンバー・オーディション開催》

◎応募期間:3月〜4月末日

◎応募方法:<damianhc@powerplay.co.jp>に、下記課題2曲の演奏動画を送る。

◎課題曲
・ギター:「Angel of Darkness」、「Which Do You Like?」
・ベース:「魔皇女降臨~Birth of Death, Death of Birth」、「Which Do You Like?」
・ドラム:「Angel of Darkness」、「Which Do You Like?」

◎応募資格
●男女問わず●プロ/アマチュア問わず●事務所に所属していない方、レコード契約をしていない方●D.H.C.の活動を優先できる方●年齢40歳まで●エレキ・ギターは7弦、ベースは5弦も対応できる方●ドラムはツーバスもしくはツイン・ペダルに対応できる方

詳細はオフィシャル・ホームページ<https://www.damianhc.jp/>まで。
なお、本企画は[ギター・マガジン]、[ベース・マガジン]、[リズム&ドラム・マガジン]そして本誌という各専門誌もサポート。

 

《最新作インタビュー》コリィ・テイラー/スリップノット【『METAL HAMMER JAPAN Vol.12』より】

これはスリップノットだが、
我々の知っているスリップノットではない。

 巷では、スリップノットの最新作『ジ・エンド・ソー・ファー』は、この20年で最も“驚くべき”アルバムだ――と言われている。彼らでしか生み得ない混沌としたサウンドを持ちつつも、これまでには聴けなかった耽美なトラックがあるなど、非常に実験的な側面も感じられる。そんな本作を、フロントマンのコリィ・テイラーはどのように捉えているのか? これまでになく心の平穏を得ている彼であるが、そのような心理状態でスリップノットが持つ濁々とした感情を吐き出すことはできるのか。どうやら現代メタルの絶対的王者は、ニュー・チャプターに突入したようだ。

Interpretation by Mirai kawashima

 

スリップノットだからクソ難しいけど、イカしているよ。

 々はZOOMでコリィ・テイラーとつながるのを待ち、画面のフリーズから抜け出すと、そこには恐ろしいオフ・ホワイトのカーテンと壁、そして安っぽい木製の机がある独房のような部屋とともにシンガーが現われた……実際はホテルの一室なのだが。黒のジーンズと黒いノースリーブのシャツで、ボールペンを回しながら満面の笑みを湛えている。
 “俺と同じ街に住んでいる君と話をするために、ポーランドまで来ちゃったよ!”と彼はジョークを言う。スリップノットはツアー中で、彼がこの13年間ホームと呼んできた場所……ラスベガスに私がいることを知っているのだ。ただ、彼はその他の多くを恋しがっているわけではない。ラスベガス・ストリップを川に変えてしまうほどの、聖書に出てくるような激しい雷雨、鉄砲水以外は。
 “あぁ、アレはなくちゃならないからね!”と、彼はうなずく。
 去年の気候変動で干ばつが続き、街の水源であるミード湖の水位は何と26フィート(8m弱)も下がり、沈んだ船から何からあらゆるものが露出した。何体かの遺体も見つかり、そのなかの一体は樽に詰められた70~80年代のものだった。
 “5体目が見つかったんだよ!”とコリィは叫ぶ。“まったくもってクレイジーだね! ギャング関連なんだろうけど、俺たちの飲み水なんだぜ!”
 今日のコリィは生き生きとしていて、ニヤニヤしたりふざけたりと、みんながメタル界の自称“偉大なるビッグ・マウス”に期待する、あらゆる魅力を見せつけている。ヨーロッパ・ツアーをスタートする前に、《ノットフェス・ロードショウ》でアメリカとカナダを行き来していたスリップノットのツアーは、すでに6ヵ月間も続いている。9つの頭を持つ獣を見た誰もが、“彼らの調子は素晴らしく、毎晩何千人ものマゴッツ(※maggots/蛆虫……バンドのファンを指す)を喜ばせている”と証言するだろう。
 だが前回2019年、6枚目のアルバム『ウィー・アー・ノット・ユア・カインド』に先んじてメンバーと話をしたとき、状況はバラ色とは言えなかった。コリィは両膝の手術からの回復中で、パーカッショニストのクリス・フェーンはバンドを抜けていた。そして、クラウンは娘のゲイブリエルを失うという悲劇に見舞われていた。彼らの会話のトーンは反抗的であり、緊迫したものだった。“ある日俺たちは、ふといなくなるだろう”と、ジム・ルートは私たちに告げてもいたのだから。
 だから、彼らの新しい7枚目のレコードのタイトルが『ジ・エンド・ソー・ファー』(=“ひとまずの終焉”の意)だと聞いたとき、心配せずにはいられなかった。我々は、彼らのスワン・ソング(※最後の作品)を聴こうとしているのだろうか?
 幸いにも、コリィは早々に安心させてくれた。彼によれば、このタイトルは“スリップノットの第三期”のことであり、バンドのひとつのチャプターが終わったことだと言う。ひとつ目は凶暴性、ふたつ目は発見、3つ目は喪失、4つ目は再発見、そして5つ目は……。
 “向き直って未来を見つめると言うのかな、「次は何だろう?」みたいな感じ”と彼は考えにふける。“俺たちを改めて紹介するのではなく、なぜ俺たちがこれをやりたいのかを再発見するということ。スリップノットだからクソ難しいけど、イカしているよ。バンド内の個性が広がっているという事実も気に入っている。丸くなったやつもいるけど、変わらない部分もある。そして、みんな本当に何かがやれるんだということがわかった。だからこのタイトルは<傾向の終わり>であり、俺たち自身を表現する勇気を真に持つということに、自意識過剰になっていたことの終わりということでもあると思う。基本的には「かつてそうだった」ものの終わりであり、「未来ではこうなりうる」というものの始まりということさ”
 コリィの言葉は少々難解すぎるかもしれないが、ニュー・アルバムを聴けば、すべて意味がわかることだろう。と言うのも、『ジ・エンド・ソー・ファー』は、ここ何年もの間で最も実験的なスリップノットのアルバムだからだ。
 リード・シングルの「ザ・チャペルタウン・ラグ」や「ザ・ダイイング・ソング(タイム・トゥ・シング)」では、彼らのいつもの凶暴なスタイルが見られたが、ブルージィなリズムや合唱隊、ゆがんだソロが加えられたアルバムには“広がり”が見られる。これはスリップノットだが、我々の知っているスリップノットではない。
 “みんなには、「これは『VOL.3:(ザ・サブリミナル・ヴァーシズ)』の自然な仲間だ」って言っているんだ”とコリィは説明する。“と言うのも、『VOL.3〜』で俺たちは真の自分自身になり始めたから。ただ全力で激しくやるだけでなく、自分たちの曲作りに自信を持ってリスクを冒し、自分たちのやっていることを拡大することができたんだ。ただ近年はバンド事情のせいで、俺たちはそういうことができるバンドだということを忘れてしまっていた。それに触れることはあっても、「バンドでやれることの限界を本気で押し進めよう」と申し合わせるよう立ち返ることはなかった。だからある意味で、こういう世界構築に立ち戻るのは心地よかったよ”

 

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《名盤回想『ロード』&『リロード』》メタリカ【『METAL HAMMER JAPAN Vol.12』より】

メタリカの最も論争を呼び起こした『ロード』&『リロード』
について再評価の機運が巡ってきている。

 短髪、アイライナー、ブルージィなリフ……『ロード』(1996)と『リロード』(1997)の発売によって、メタル界最大のバンドにとっての90年代中頃は、揺らぎを見せた転換期となった。しかし『リロード』のリリースから25年、メタリカの最も論争を呼び起こしたこの時期について再評価の機運が巡ってきている。今回は、名盤『メタリカ』からともに作業をしてきたボブ・ロックからの証言と当時のメンバー・インタビューとともに、あの時代に戻って確認してみたい。

Interpretation by Tommy Morly

 

アイツらは単に自分たちがシックリくるものをやっているだけで、
ほかの人がどう考えるかなんて気にしちゃいないさ。
>ボブ・ロック

 1996年10月12日、ロンドンのアールズ・コートにて、メタリカが興奮する2万人のファンを前に「エンター・サンドマン」をプレイしている最中、その巨大な舞台セットはスペクタクルに崩壊しようとしていた。高所に配置していた照明スタッフは感電し、ロープの先端にあった台から転落してしまう。もうひとりのスタッフは全身に火が燃え移り、燃えながらステージ上を走り回っていた。
 そしてバンドを囲むステージ全体は崩壊し始め、メンバーは素早く安全確保のために退散。数分後にバンドは破片が散乱したステージに戻り、裸電球の下で互いに体を寄せ合うように集まり、小さなアンプを使いながら「アム・アイ・イーヴル?」をプレイし始める。観る者すべてが呆気にとられていた。
 ステージ上では一体何が起こったのか? 解釈するまでに数分の時間を要した。これらはすべてスタントによるもので、125の日程に及んだ《プア・ツアーリング・ミー・ツアー》での連日ライヴを締めくくるための演出だった。まだインターネットが普及していなかった時代なだけに、この大掛かりな悪ふざけは大きく知れ渡っていなかったのだ。
 オーディエンス全員を沸かせた演出としては、実にマスター級と言えるだろう。
 しかし皮肉なことに、その年に発表した『ロード』並びに18ヵ月後にリリースされた『リロード』にて、メタリカが話題になったのは“そのスタント演出だけだった”という声も上がった。
 これら2枚のアルバムは、彼らがそれまでにやっていたスラッシュ・メタル・サウンドから大きく舵を切り、世界中を席巻した『メタリカ』よりもさらにメインストリームへと歩み寄った作品であった。この変化は当時の彼らの巨大なファンベースには不可解なものとして映り、怒りを買うことにさえつながり、彼らの短髪でアイライナーを塗った新たなイメージは、それをさらに助長していった。―『リロード』リリースから25年、今でもメタリカのキャリアにおいて、最も論争を巻き起こした時期として記憶されている。

 

 “あのバンドの最もかわいげのあるところは、<人々の反応をうかがいながら動いているわけじゃない>ってことだね”と話すのは、『メタリカ』、『セイント・アンガー』、そして『ロード』と『リロード』で作業をともにしたボブ・ロックだ。“アイツらは単に自分たちがシックリくるものをやっているだけで、ほかの人がどう考えるかなんて気にしちゃいないさ。ヤツらが方向性を定め、自分たちのやることが見えたら、それを単にやるだけだから。そしてそれを撤回することなんてないね”
 80年代と90年代にメタリカが抱いていた野望は、バンドが成功を重ねていくうちに果たされていった。彼らは自分たちが生まれ出たスラッシュ・メタルのシーンを凄まじい速度で走り抜け、カルトでアンダーグラウンドなバンドからメインストリームなメタルのビッグ・アクトへと変貌を遂げたのである。『メタリカ』は1000万枚を超えるセールスを記録し、ガンズ・アンド・ローゼズやU2に並ぶ音楽界のトップ・グループへと自身を導いた。
 “アイツらは世界最大のバンドになるために尋常ではない努力を重ね、『メタリカ』でそれは実現した。そしてそれを達成した次のステージは、もう別の話だったんだ。俺が思うに彼らはもっと違うものに手を伸ばしたくなったんだと思うね”とボブは振り返える。
 メタリカがそれまでの10年間でステップを踏み損ねたことはなく、『メタリカ』を引っ提げたツアーが終わる頃、彼らは無敵の存在になっていた。しかしそんな彼らでさえも、周囲の音楽界で起きていた潮目の変化には気づいていた。グランジの到来を前にして、地位を確立した多数のメタル・バンドたちがアイデンティティを失っていく。グランジという音楽ジャンルそのものは後発で見劣りし、どことなく恥ずかしいものであるという認識が一部の者たちに持たれていたにも関わらずだ。
 このことについて、当時バンドのブレインとしても機能していたボブは次のように述べた。“アイツらは単にカルチャーが変化していく様を目にしていたんじゃないかな。そしてメタルも限定的なものになり始めていた。「ドラムやギターのサウンドはこうでなくちゃならない、ハモってはいけない」みたいな観念ができあがり、もはや楽しめるものではなくなろうとしていたんだ”。 
 ボブ・ロックの推論について異論はないが、『ロード』の準備期間にはフロントマンのジェイムズ・ヘットフィールドとベーシストのジェイソン・ニューステッドというトラディショナル派、ギタリストのカーク・ハメットとドラマーのラーズ・ウルリッヒという冒険的で実験性を求めたふたりとの間で分断が起きていたようである。
 カークはバンド内でのニックネーム“クワーク(Kwirk)”を名乗り、サンフランシスコのアーティスト仲間とツルんでいた。“アイツらはみんな突拍子もなくつかみどころのないヤツらばかりで、メンバーとだと躊躇してしまうような実験的なことを、俺はアイツらと一緒にやりたいと強く思っていたんだ”と、カークは本誌に語っていた。
 カークと近い感覚を持っていたラーズは、当時地球上で最も話題に上がっていたバンドであるオアシスへの愛を一切隠さずにいた。“俺はアイツらの傲慢さ、自信、<カント>だとか<ファック>といったすべての言動が気に入っていたよ”と、あるインタビューで答えている。なお、ラーズはそのあまりの大ファンっぷりから、マンチェスターが生んだこのバンドの一時的な照明エンジニアとしてニュージャージーでのライヴに参加もしている。
 『ロード』および『リロード』に収録されることになった楽曲にノエル・ギャラガーからの影響が入り込むことはなかったが、ブルース・ロック、サザン・ロック、カントリー、バイカーたちが集うバーでのブギーと、以前にはなかった幅広い音楽からの影響が取り入れられていく。
 ボブ・ロックによると、バンドは予めアイディアを練った状態でスタジオに入ってきたわけではなかったとのことだが、それまでの彼らの作品とは異なるものにさせるという強い意志が感じられたそうだ。
 “アイツらは、どこか別の場所に行くための明確なコンセプトを持っていたわけじゃない”とボブは話す。1995年の下半期のセッション中に起きた最も顕著な変化は、4人が初めてひとつの部屋に集まったときだったという。“あのとき、バンドのイメージとしてガチガチに作りあげられてきたものから自由になれたんだ。自分たちが収まっていた枠を広げられるってことに気づき、そして作られた『ロード』と『リロード』は、まさにそのためのものだったんだ”

 

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《スペシャル・インタビュー》エレクトリック・コールボーイ【『METAL HAMMER JAPAN Vol.12』より】

以前の“エスキモー・コールボーイ”から改名し、
エレクトリック・コールボーイがさらなる進化を遂げようとしている。

 アリーナ級の会場をソールドアウトさせることやフェスのヘッドライナーとして出演すること、さらに楽曲がYouTube上で2600万回再生を記録することなど、エレクトリック・コールボーイになる前の彼らは想像もしていなかったことだろう。
 2020年初頭、シンガーとの関係やクリエイティビティは崩壊寸前となっていたが、メンバー・チェンジを機にリリースした「ハイパ・ハイパ」が好評を博し、彼らの人気は一気に高まる。さらに今年3月には以前の“エスキモー・コールボーイ”から改名し、さらなる進化を遂げようとしている。
 このポップとラウドを自在に操るファニーなバンドのヴォーカリストであるニコ・サラックとケヴィン・ラタクザックが、これまでの経緯を話してくれた。

Interpretation by Tommy Morly

 

俺らはとにかく楽しくて誰もが笑顔になってしまうような曲を作りたいんだ。
>ニコ・サラック

 ンクと緑のネオン・サインのもと、8000人ものファンが彼らの母国ドイツはオーバーハウゼンの[ルドルフ・ウェバー・アリーナ]に集った。数時間後には派手なファーをあしらったコスプレのような衣装に包まれたエレクトリック・コールボーイがステージに登り、オーディエンスのピットを大いに沸かせることになるはずだ。
 アドレナリンを猛烈にチャージするアンセム「ハイパ・ハイパ」を2020年にリリースして以降、エレクトリック・コールボーイをめぐる環境はこの日のライヴと同様に、常にカオス化してきた。EDMとブルータルなメタルコアを融合させ、強烈なインパクトを与えると同時に、メンバーが間抜けなマレットや髭を振り乱すビデオがバズり、本曲は一大センセーションとなってYouTube上で2600万回再生を記録していった。
 続けざまにシングル「ウィー・ゴット・ザ・ムーズス」と「パンプ・イット」がリリースされ、特に後者で彼らは本年度[ユーロビジョン・コンテスト]のドイツ大会にエントリーをしたが、残念ながら敗退となった。彼らを破り選出されたドイツ代表が本選で無得点に終わったことから、ドイツの審査員たちは今頃その判断を相当悔やんでいることだろう。
 ほんの数ヵ月前までは小さな会場でプレイしていたバンドがアリーナをソールドアウトさせている現状は、エレクトリック・コールボーイの勢いの凄まじさを物語っている。来年にはイギリスは[ブリクストン・アカデミー]での単独公演が予定されているが、どうしてこのようなことが実現したのだろうか?
 バンドの突然のブレイクについて、ニコ・サラック(vo)は次のように説明する。
 “俺らは素晴らしいタイミングで「ハイパ・ハイパ」をリリースしたんじゃないかな。パンデミックのせいでほぼすべての人がムシャクシャしていたと思う。多くのバンドがディープでメランコリックなものを作っていた一方で、俺らはとにかく楽しくて誰もが笑顔になってしまうような曲を作りたいと、それだけを願っていた。「ハイパ・ハイパ」のビデオの最初のシーンで俺らが小さくジャンプして振り返るところは、まったく計画していなかったことなんだ。偶然その場で思い浮かんだものだったんだよ”
 “どんなビデオにするべきかを曲が自然と導いてくれたんだ。「ヤシの木が必要だ! クールな照明が必要だ! フェラーリも! イケイケなギャルも必要だ!」って感じだったね”とつけ加えるのは、ともにヴォーカルをとるケヴィン・ラタクザック(vo、k)だ。
 ケヴィンがバンドの人気の急上昇を肌で感じたのは、2020年にオランダでの休暇中にビデオの再生数が異次元の速さで増えていったことに気づいたときだった。それ以来、そのスピード感についていくのがやっとのことだったという。“俺らがこの状況を当たり前のように捉えていると指摘する人たちがいるけど、まったくもってそんなことはないんだぜ!”と続ける。
 その一方で6枚目のアルバム『テックノ』のリリースを9月に控え、8月には《エスカレーション・フェスティバル》と銘打ったさまざまなジャンルを横断するフェスを主催。その勢いは留まることを知らず、バンドは来年の活動をさらに充実したものにすることに照準を合わせている。

 

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《スペシャル・インタビュー》クラウディオ・サンチェス/コヒード・アンド・カンブリア【『METAL HAMMER JAPAN Vol.12』より】

ファンタジー溢れるアイディアを生み出す、
クラウディオ・サンチェスの脳内探訪の旅に出てみよう!

 エモーショナルなプログレッシブ・ロック・バンド、コヒード・アンド・カンブリアのフロントマンであるクラウディオ・サンチェスは、常に新たな物語を作りあげいる。SF作『The Amory Wars』シリーズを通じて自らのストーリーを描き続けているが、そのファンタジー溢れるアイディアはどこから生まれるものなのか? 読者の質問とともに、彼の脳内探訪の旅に出てみようではないか。

Interpretation by Tommy Morly

 

このコミック本のアイディアによって、
俺らは疎まれるような存在になった。

 この20年、クラウディオ・サンチェスはコンセプト・アルバムの達人として活動してきた。キャリアを通して継続させる『The Amory Wars』はコヒード・アンド・カンブリアのフロントマンとして、自身のライフ・ストーリーを伝えるためにSFを通じて表現を行なったシリーズである。バンドが10枚のアルバムを作っていく間、タイアップによるコミック作品を妻であるコンドラ・エハートと共作しノベル化にも着手、映画化の発足にも順調に至っている。正直なところ、彼がインタビューに応じてくれたことに私たち自身驚いている。それだけでなく、クラウディオと膝を突き合わせて皆の熱意溢れる質問をぶつけることに成功した。

 

―どうやってあのラブリーでチリチリな髪の毛を保っているんですか?
 いつもお決まりのケア用品を使っているし、放っておくとすぐにワイルドになってしまうから、抑えるようにセットしているんだ。シャワーのときはコンディショナーとブラッシングをして、ジャマイカ製のヒマシ油もつけている。この油によって髪が落ち着いてくれている気がするよ。

―あなたは頻繁にSFノベル/コミック本を読んでいますか? 最近読んだものでお薦めのもの、そして生涯ナンバー1を教えてください。
 最近読んでいるものは特にないかな。ずっと気に入っているSFノベルは『デューン砂の惑星』だね。アメイジングな作品で、その終わり方も大好きだ。
 映画となると、俺のお気に入りのひとつは『銀河伝説クルール』かな。これは中世を舞台にしたSFで、5枚の刃が飛び出ているグレイヴという武器が出てくるんだ。俺はこの作品があまりにも好き過ぎて、オリジナルの2枚の映画用のポスターをひとつのフレームに入れて保存している……だけど、まだ壁にはかけていなくてさ(笑)!

―『The Amory Wars』のアルバム/小説を作るときに、毎回事前にプランを練っているものですか? このシリーズには終着点を設けているのでしょうか?
 今の時点では、『VAXIS Ⅴ』で終わりを迎えるんじゃないかな(バンドは去る6月に『VAXIS Ⅱ』をリリースしている)。作品の展開について戦略を立てたり、成長させたり、拡大させているよ。『The Amory Wars』によって引き起こされるダメージやこの戦争の参加者に関するパラレルなストーリーは、常に作っていくことができているんだ。
 でも俺が思うに、結局のところ『VAXIS Ⅴ』でかなりいい形で一連のパッケージをまとめ、この小説を締めくくれると思う。俺はもうすでに終わり方を把握しているしさ。その最終ゴールにどう到達するか、かなり多くのアイディアを持っているんだけど、ほとんどの曲はまだしっかりと書いてはいなくて。曲によってストーリーがどんなものになるのか、俺自身も心待ちにしているところなんだよね。

―『The Amory Wars』を書くうえで、現実世界はどのような影響を及ぼしますか?
 あらゆる面で影響を与えてくれるよ。これはある意味、別の仮面を被った俺の自叙伝のようなものなんだ。自分という袖を通すことなく、自分自身を表現するための手段さ。
 このアイディアを思いついた20年前、俺はあまりにもシャイでフロントマンには不適格だと思っていたから。こういった見せかけのストーリーを作ることによって、自分の本当のストーリーを簡単に忍ばせることができたんだ。

—コミック本と映画化について、現時点ではどういった印象を持っていますか?
 結構ワイルドでイイ感じだよ。コヒード・アンド・カンブリアが始まったとき、このコミック本のアイディアによって、俺らのことを真剣に取りあげてくれた媒体は少なくて、疎まれるような存在になっていた。当時は現在と比べてコミック本がポピュラーじゃなかったから、ただそれ以降に多くの作品が映画化してきたことによって状況が変わったんだ。ある意味、俺はコミック本から映画化することにこのうえない感謝の念を抱いていて、だってそのことでやっと普通の存在になれたから。
 とはいえ、俺は10年前と比べてそう頻繁に映画を観に行けてないけどね。観に行けるときは足を運ぶようにしているし、相変わらず素晴らしい作品があるよ。こういった作品は目的を遂げるためのサポートになっていて、いつの日か誰かに影響を及ぼして、それが巡り巡って俺らの作品へと興味を向けてくれるんじゃないかと思っているから。

 

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《スペシャル・インタビュー》デイヴ・ロンバード【『METAL HAMMER JAPAN Vol.12』より】

スレイヤー関連を筆頭に、
多岐にわたる活動への質問をダブル・ベース・ドラムの如く怒涛の連打で答える!

 現在は久々にテスタメントのドラマーとして多忙な日々を送るデイヴ・ロンバード。ただし彼がスレイヤー、ミスフィッツ、あるいはマイク・パットンと……どんなバンド/ミュージシャンとプレイしていようとも、レジェンド・メタル・ドラマーであることに変わりはない。今回はスレイヤー関連を筆頭に、多岐にわたる活動への質問をダブル・ベース・ドラムの如く怒涛の連打で答える!

Interpretation by Mirai kawashima

 

最高の思い出? 
マイク・パットンとの素晴らしい思い出はたくさんあるから、
ひとつに絞るのは難しいな。

 その躁的なスタイルから、彼は自分のことを“ADDデイヴと呼ぶ(※ADDは今でいうADHDのこと)。40年に渡るキャリアのなかで、我々が想像するラウドな音楽ヒーローのほぼ全員と共演を果たした、スラッシュ・メタル史上最も多忙で最もアイコニックなドラマーのひとりだ。だからデイヴ・ロンバードは、君たちの厳しい質問を目の前にしても、動じることなどあるはずもなかった。
 1時間に渡り彼は率直に質問に答え、そしてまた熱心な音楽愛好家の彼は、今も自分が関わるたくさんのプロジェクトついて夢中になって語る。彼はパンクへの愛、スラッシュ、ジャズ、レミー、マイク・パットン、アバンギャルドの作曲家であるジョン・ゾーンとのデュエット、そしてジャズのレジェンドであるマイルス・デイヴィスからのお墨付きについて、喜んで熱弁を振るうのだった。

 

—ファントマスの音楽をライヴで演奏するのは難しかった? メタルをおちょくっているような感じはしましたか?
 興味深い質問だね。初めてファントマスを聴いたときからピンと来たよ。(マイク)パットンはいつも、俺のことを考えながらドラム・パートを書いたと言っていた。だから、聴いた瞬間に理解できたよ。たくさんのテンポ・チェンジには練習が必要だったし、曲の途中でブラシに持ち替えてベルを叩かなくちゃいけなかったから大変だったけど、楽しかったな。音楽について多くのことを教えられたよ。

―マイク・パットンとはどのように出会ったのですか? 彼とのお気に入りのエピソードは?
 フェイス・ノー・モアが90年代に活動休止をする前の最後のショウで知り合ったんだ。ロバート・トゥルヒーヨもいて、みんなでバックステージにいたんだっけ。音楽の話をしたり、スレイヤーを抜けたあと俺が何をしてるかとかを喋ったなぁ。最高の思い出? 彼との素晴らしい思い出はたくさんあるから、ひとつに絞るのは難しいな。そのなかでもひとつはこれさ。
 ファントマスでショウをやり、一旦ステージを降りて、アンコールとしてレコーディングはしていないライヴでだけでプレイする曲をやるんだ。パットンと俺はバックステージにいて、バズ(オズボーン)とトレヴァー(ダン)がステージに上がり、2〜3分間単調なリフをプレイする。俺たちはバックステージで座って呑みながら“そろそろ行きますかね?”、“いや、もう少し待たせよう”なんて言ってさ。そしてようやく出ていって、あのダウン・ビートを叩く。あれはいつも素晴らしい瞬間だった。

—ジョン・ゾーンと一緒にプレイをして、何を学びましたか?
 自由! 自分自身を音楽的に好きなように表現する自由。ジャンルも制限もなくね。ジョンがそこにいれば“あぁ、俺はデイヴ・ロンバードだから、こういう音楽をプレイしなくちゃ!”なんていうことがなくなる。彼はほかの音楽を楽しむことを心地いいと感じさせ、恐れをなくしてくれるんだ。
 ルーヴル美術館のガラスのピラミッドでも演奏したよ。俺たちふたりのデュエットで、彼のすべてを伝えるものだった。あぁ、俺には彼を描写する充分な言葉がないな。ハイパー・インテリジェントな人物さ。

―今さらながら、グリップ・インクについての見解を聞きたいです。過去25年間で最大に過小評価されているバンドだと思うのですが。
 ガス・チャンバース(vo)が亡くなってしまったのは残念だ。彼は交代の効かない、サウンドや作曲の重要な一部だったから。あのバンドが大好きだったし、素晴らしいバンドだった。新しくて新鮮で、スレイヤーを抜けて初めて自分の方向性でやったものだったからさ。もう彼らと一緒にやれないというのは、本当に悲しいことだよ。

 

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《スペシャル・インタビュー》パークウェイ・ドライヴ【『METAL HAMMER JAPAN Vol.12』より】

実は大きな暗闇に陥っていたパークウェイ・ドライヴは、
この逆境を乗り越えることができるのか?

 今年9月にニュー・アルバム『Darker Still』をリリースしたばかりのパークウェイ・ドライヴだが、実は大きな暗闇に陥っていた。
 遺体安置所で怒りをあらわにするウィンストン・マッコールが、そのワケを吐き散らす。母国オーストラリアでの洪水、それに連れなる人々の死、そしてバンドでの役割の違いが生み出した疎隔……さまざまな要因で彼らはグループ・セラピーを受けることになった。
 そんなバンドのうつむいた心境は、セラピー以前に制作した新作から追体験できるはず。果たして、パークウェイ・ドライヴはこの逆境を乗り越えることができるのか?

Interpretation by Mirai kawashima

 

ーお前は俺らに嘘をついた!

 面に座っているシルエットの人物から、そんな言葉が轟くと、目の前にある壊れそうな古いテーブルに拳が叩きつけられた。その音が、我々がそのなかで震えている遺体安置所の壁にこだまする。
 “お前は嘘をついた。言い逃れはできない。お前が起こらないと言ったありとあらゆることが起こったんだ”
 ウィンストン・マッコールは怒っている。パークウェイ・ドライヴのヴォーカリストとは4年間会っていなかったが、彼がロンドンにあるパンクラス教会の、この暗いジメジメした遺体安置所を待ち合わせ場所に指定したせいで、現在彼の姿はよく見えない。にもかかわらず、彼のはらわたが煮えくり返っていることはわかる。
 “政府は何年間も計画を実行し、「被害が起こらないように努力をするから、その分税金や保険料は増加する」と言い続けてきた”と彼は続ける。“「こんなことは起こらないだろう」と言われていたんだ。50年に1度のことだと言われ、それから100年に1度、そして500年に1度だと。それがほんの数週間のうちに2度も起こったのさ。今や家が破壊され、所有する土地が文字どおり水中に没し、使いものにならなくなった人たちがいる。川の底にある土地を誰が買うと言うんだ? こういう低所得の人たちは、どうやってここから立ち直るってんだ? 俺たちは何年間も、こういうことが起こると言い続けてきたのに。俺たちは……”
 2022年2月、複数回の洪水がオーストラリア東部を襲った。家は倒壊し食料不足が報告され、1000の学校が閉鎖、住民は避難をしたが22人が命を失った。ブリスベンでの<3日間で677ミリ>という観測史上最高の降雨量は、オーストラリアの歴史上、最悪の出来事のひとつだった。本土の最東端であるバイロン・ベイの住民であるパークウェイ・ドライヴのメンバーは、これらをすべて目撃した。
 しかもこのことは、パークウェイ・ドライヴ史上、最も問題の多い時期に起こった。そして4月6日、彼らはUSツアーをキャンセルするという声明を発表。そこでは「このバンドにいるという過酷な状況のせいで、個人として自分たちが何者なのか、何者になりたいのか、そしてそれが自分自身や自分たちの友情に損害を与えるかについて考える時間がほとんどない」という内容が語られたのだった。
 外部の視点からすると、これはずいぶんと厄介に聞こえる。一体何が起こっていたのだろうか?
 遺体安置所のなか我々の前で、ウィンストンは今も“「事前の警告で被害を抑えることができたに違いない」と信じている”洪水災害の衝撃について激昂している。“俺が言わなくちゃならないんだ。メディアは起こったことを報道しないからね”と言う。“洪水の警告はあったけど、その後突然ヤツらは洪水は起こらないと言い出したんだ。数日間、ヤツらは洪水は起こらないだろうと言っていた。そして洪水が起こる30分前、俺たちは聞いたのさ。「洪水が来る」ってね。一体どうしろというんだ?”
 “ヤツらによれば、それはだいたい1階建ての高さだと。でも3階建ての高さのケースもあったんだ。それらの家は破壊され、洪水が去ってのちにみんなは保険小切手を使って家を建て直した……そしてその1ヵ月後、同じことが起こったのさ。彼らはもう街を再建しないかもしれないし、それらのコミュニティは永遠に失われてしまうかもしれない。こんなことが何度も起こる場所に、どうして留まろうなんて思う? 今なお陸路でたどり着けないから、食料をヘリコプターで空輸してもらわなくちゃいけない人たちもいるんだぜ”
 数日後、ZOOMを通じてバンドのギタリスト、ジェフ・リンからもこの出来事についての話を聞いた。“こんなことを言うのは悲しいけど、かつて俺は世界中を旅して、オーストラリア人であることを誇りに思うと言っていたんだ”と彼はため息をつく。“今は違う。俺たちの政治にはムカムカするよ。あの政府は、これらの人々に完全に背を向けたのさ”
 洪水の余波のなか、当時の首相スコット・モリソンがリズモーの街を訪れた際、抗議者たちは警官の列によって彼に話しかけることを妨げられ、引き離された。政府が人々を見捨てたという意見は一般的なものだが、このような逆境を目の前にして、地域住民たちが助けを申し出た。“俺はニヒリズムを受け入れ始めていた”とウィンストンは言う。“だけど、そういう人たちが少しの希望を与えてくれたんだ”
 ジェフは、彼のパートナーが“高齢者や、小さな子供やペットを連れていて困っている人が助けを求められるFacebookのグループ”をいかにして立ち上げたかを語ってくれた。そうすることで、ボートと救援物資を持ったボランティアたちが彼らを見つけ、安全な場所へと連れて行いってくれる。“彼女を誇りに思うよ”と彼は顔を輝かせる。

 

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『METAL HAMMER JAPAN Vol.12』発売中!
 

『METAL HAMMER JAPAN Vol.12』絶賛発売中!

 

 絶賛発売中の『METAL HAMMER JAPAN Vol.12』では、今最も爆進するガールズ・メタル・バンドNEMOPHILAを、発売目前2ndアルバムとともに大フィーチャー! そのほかリユニオンで話題のパンテラ、4年半ぶりの新譜をリリースする陰陽座、そして話題のスーパー・バンドTHE LAST ROCKSTARS全員インタビューと、洋楽から邦楽まで幅広いハード・サウンドをピックアップ!

 

 

◎表紙・巻頭企画
NEMOPHILA

 衝撃的デビュー・アルバム『REVIVE』から1年、早くも2ndフル・アルバムとなる『Seize the Fate』をドロップするNEMOPHILA。これまでも彼女たちの活動を追ってきたMETAL HAMMER JAPANだが、本Vol.12にて満を持して5人全員で表紙に見参! もちろん誌面も5人が登場。2022年の活動から新作制作についてまで、mayuの単独インタビューを始め、SAKI&葉月、ハラグチサン&むらたたむという組み合わせでじっくりとトーク・セッション!

  • <mayu>単独インタビュー
  • <SAKI×葉月>ギタリスト対談
  • <ハラグチサン×むらたたむ>リズム体対談
  • 作曲家<秋山健介>インタビュー
  • メンバー全曲セルフ・レビュー

◇本誌撮り下ろし写真満載!

◇オリジナル両面ポスター付録付き!

 

◎独占スペシャル・インタビュー①
コリィ・テイラー/スリップノット

 またしても物議を醸し出す新作『ジ・エンド・ソー・ファー』をリリースしたスリップノット。その中心人物であるコリィ・テイラーが、そんな問題作に自ら切り込む。メンバーたちとの関係も上々で、プライベートでも心の平穏を手に入れた彼は、今どのような心持ちにてスリップノットの怒りに満ちた激音を生み出しているのだろうか!? 本人による全曲解説も要チェックだ。

 

◎独占スペシャル・インタビュー②
THE LAST ROCKSTARS
YOSHIKI×HYDE×SUGIZO×MIYAVI

 去る11月11日、強烈な個性を持ったミュージシャン4人による新バンド結成が発表された。THE LAST ROCKSTARS……YOSHIKI、HYDE、SUGIZO、MIYAVIというワールドワイドなキャリアを持つトップ・ミュージシャンによるスーパー・バンドと言っていいだろう。そんな彼らのなかには、どのようなヘヴィ・サウンドが秘められているのか!? 急遽実現したメンバー全員とのインタビューで、彼らの生み出す音楽の一端が見えた!

 

◎The Documentary
メタリカ
『ロード』&『リロード』

 今から25年前に発売された『リロード』、そしてその対となる前作『ロード』。発売した当時、そのセールスに反して、何人のメタリカ&メタル・ファンが本作を歓迎しただろうか? 当時はまさにそういった扱いを受けた作品だったが、それは今もって同じなのだろうか? メンバーのコメント、そしてプロデューサーであるボブ・ロックが、現在の視点でこの2作を改めて吟味する!

 

◎Book in Book
パンテラ『俗悪』30周年スペシャル

 2023年に向けた活動で最もホットなトピックとなっているのが、ザック・ワイルド&チャーリー・ベナンテを向かえリユニオン公演を行なうパンテラだ。そんな彼らがメタル界に革命を起こしたアルバムこそ、1992年に発売した『俗悪』である。同作30周年のタイミングにて、5人目のメンバーとも言えるテリー・デイト、初来日公演をサポートしたアウトレイジとともにこのアルバムを振り返る。なぜ『俗悪』は今聴いても最高にヘヴィなのか……その秘密がここに!

◇インタビュー

テリー・デイト(同作プロデューサー)
アウトレイジ(丹下眞也、阿部洋介)
and more

 

◎LET’S TALK METAL
上坂すみれ

 今回の《LET’S TALK METAL》は、最新アルバム『ANTHOLOGY&DESTINY』をリリースし、またTVアニメ『うる星やつら』ほかにて大活躍の声優・上坂すみれをお迎え! ヘヴィメタルが隆盛を誇った80年代、それはほかにもさまざまなカルチャーが生まれた熱い時代でもあった。平成生まれの彼女はなぜこの時代のメタルを好きになったのか? そして、声優の仕事にメタルが与えた影響とは?

 

◎NEW RELEASE INTERVIEW①
瞬火/陰陽座

 前作『覇道明王』以来、約4年半ぶりとなるニュー・アルバム『龍凰童子』を来たる1月18日にリリースする陰陽座。“龍”、“凰”のタイトル文字からもわかるとおり、陰陽座そのものを表わしたかのような無二のヘヴィメタルが、これまでにないヴォリュームで封入されている。パンデミックと黒猫の体調不良というふたつの危機を乗り越え、より強力な楽曲とともにバンドを押し進めようとしている瞬火が、この時代に考えたこと、そして最新楽曲に込めた想いをいち早く語る!

 

◎NEW RELEASE INTERVIEW②
筋肉少女帯(大槻ケンヂ、内田雄一郎)

 結成40周年を向かえた筋肉少女帯は、インディーズ活動“ナゴム時代”の作品である「いくぢなし」を現メンバーで再レコーディング。メジャー・デビュー後もセルフ・カバーをしている本曲だが、今回のサイズ感こそ本来の姿なのだと言う。大槻ケンヂ&内田雄一郎が、当時の音楽的影響からその後どうヘヴィ化していったのか、そしてプロレスに至るまでを語る、筋少へのメタル的インタビュー第2弾!

 

◎ヘヴィの流儀
マリオ・デュプランティエ/ゴジラ

 毎回、ミュージシャンが持つ独自の“ヘヴィ感”について話を聞く連載《ヘヴィの流儀》。本号では11月末に待望の日本公演を行なうゴジラより、中心人物のひとりであるドラマーのマリオ・デュプランティエが、自身のヘヴィ・サウンドへのこだわりを語ってくれたぞ。決してメタルが盛んな国とは言えないフランス出身だからこその音楽的影響や、打楽器であるドラム・プレイヤーならではのこだわりなど、その独特な考えは興味深いところ。もちろん日本公演も楽しみだ!

 

◎NEW NOISE SPECIAL
エレクトリック・コールボーイ

 “エレクトリック・コールボーイ”へと改名してから初のアルバムとなる『テックノ』をリリースした、ドイツ出身の6人組ラウド&ポップ・バンドである彼ら。今や彼らほど会場を沸かせるバンドはいないのでは?とも思わせるエレボだが、まだ日本では大ブレイクとはいっていない。ぜひこのインタビューで彼らに触れ、そしてその音楽を大いに楽しんでいただきたい! ラウドなのにハッピーになれる曲たちは、こんな時代だからこそ必聴なのだ☆

 

◎インタビュー

・デイヴ・ロンバード
・パークウェイ・ドライヴ
・コヒード・アンド・カンブリア

 

◎...and more!

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編集部のお薦メタル

 

『METAL HAMMER JAPAN Vol.12』発売中!

 

【スペシャル・インタビュー】スコット・ケネディ×アリ・リチャードソン/ブリード·フロム·ウィズイン【『METAL HAMMER JAPAN Vol.11』より】

数多くの妨害を乗り越えたブリード·フロム·ウィズインは
もう誰にも止められない!

 ヘヴィメタルの新しい波に乗る準備ができているか? そのためにも、スコットランド発のブリード·フロム·ウィズインは絶対に知るべきだ。
 パンテラやラム·オブ·ゴッドの系統のもと、2000年代のヨーテボリ·スタイルも融合したサウンドが彼らの目印。2005年に結成されたこのバンドは、初期の貧困と経済問題や保守的な音楽ファンからの攻撃など、数多くの妨害を乗り越え、ついには大物バンドのサポートに抜擢され、今、怒涛の勢いで反撃を始めている。将来を嘱望された彼らは、シーンを変革させるという野心も持つ。そんなブリード·フロム·ウィズインが頂点まで登り詰める姿を見届けたい。

Interpretation by Tommy Mor

 

『アッシュズ・オブ・ザ・ウェイク』は俺の必聴盤だった。
>スコット・ケネディ

 計の針が2013年を指していた頃、ブリード・フロム・ウィズインは世界に足を踏み出そうとしていた。彼らはセンチュリー・メディアと契約し、アルバム『Uprising』は称賛とともに受け入れられていった。<9/10>という高い評価をつけたUK『METAL HAMMER』誌のレビュアー、ニック・ヤングは、“獰猛でドライブしていて、ヘッド・バンギングせざるを得ない”と表現している。
 当時の彼らの最大のトピックはメガデスのサポート・アクトとしてツアーに出ることで、スラッシュのレジェンド・バンドから経験を得ようとしていた。そのなかでも重要な教訓は“ロック・スターのボディガードにケンカを売らないこと。特に卓球の玉のように自分を壁に投げつけてくれそうな相手のときは要注意”だった。“デイヴ・ムステインから楽屋に来るように言われて……”と太陽のように明るい笑顔で話を始めるのは、ヴォーカリストのスコット・ケネディだ。“アリ(リチャードソン/d)がバックファスト(※カフェイン添加した高アルコール度数のワイン)のボトルを持ってやってきて、ムステインの顔に引っかけそうになったんだ! 「あぁ? これを呑んだことはあるか?」って感じでさ”
 当のアリは“その話は百万回も聞いたよ”と、もはや恥ずかしさは微塵もなくウンザリした様子で椅子に深く沈みこんでいた。スコットはそんなアリに悪びれることなく高らかに笑い、“経験してこなかったことなんて何もない”とさえ言われてきたデイヴ・ムステインから“じゃあ、お前はこれを試したことはあるのか?”と上モノ(のドラッグ)を差し出されたことを打ち明けてくれた。なお、デイヴ・ムステインはメガデスのデビュー・アルバムの制作時、ハンバーガーとヘロインを日常的に摂取し続けていたと今までに何度も言われてきている。
 この逸話は、当時バンドが体験していた熱狂と青臭さを大いに物語っている。そしてその18ヵ月後、契約はうまく進まずにバンドには2万ポンド近い借金が残った。20代そこそこのバンド・メンバーにとって、日雇い仕事から離れて数週間に及ぶツアーに出ていくことは、当時は死刑宣告のようなものだったに違いない。しかし、彼らは幸運にも音楽による希望を感じていた。“音楽から離れるなんてことはできなかった。特にあの時点で、すでに目的は達成していたらね”とアリは話す。
 ブリード・フロム・ウィズインが生まれたのは2005年。まだメンバーがティーンエイジャーの頃から、ジャム・プロジェクトとして始まった。グラスゴーの南東15マイルの街、地元ハミルトンのコミュニティの中心を基盤に、メンバーはラム・オブ・ゴッドやパンテラといったバンドのカバーをしていた。
 “『アッシュズ・オブ・ザ・ウェイク』は俺の必聴盤だった”とスコットが興奮気味に話す一方で、アリは“「ファッキング・ホスタイル」の冒頭の4カウントを聴いたとき、俺はクラリネットをゴミ箱に突っ込んでドラム・スティックを手にしたのさ”と話す。

 

俺らが選んだキャリアパスは、
本質的にはバンドを継続させるためのものだったんだ。

>アリ・リチャードソン

 に彼らは自分たちの曲を書き、各自が影響を受けたスタイルもミックスするようになった。そしてヨーテボリ(※スウェーデンの都市、多くのメロデス・バンドを輩出している)らしさや、ザ・ブラック・ダリア・マーダーっぽさが散見されるようになっていった。
 彼らは招かれればどんな場所ででもプレイし、地元でライヴをやり尽くしてしまったのちは、ロードに出るようになっていった。“俺らはやっと始まったという感じで、15席程度のミニ・バスは機材で埋め尽くされていたから、その隙間で寝ていたよな!とアリがスコットに話しかける。お前はステージに登る前にビールを8本くらい呑み干したりもしていて、もし当時の映像が見返せたら恥ずかしいことがたくさん映っている気がするよ(笑)”
 そんな彼らの努力は報われ、2009年にはデビュー・アルバム『Humanity』がリリースされた。ただし当時の彼らはまだ無一文のままで、レストランやバー、洗車のアルバイトをしながら収入を得ていた。次第にそれでは生活が立ち行かなくなると気づき、“ツアーに出るたびに、俺らは次の仕事にありつけるのかわからなかった”とスコットは回想する。
 こういった状況を打開し、ある程度の経済的な安定を得るために、メンバーはバンド活動とは別のキャリアを歩むことにもした。3人のメンバーがグラフィック動画に特化した制作会社を所有していることについて、アリは“俺らが選んだキャリアパスは、本質的にはバンドを継続させるためのものだったんだ”と説明する。
 セックス、パーティ、スイミング・プール一杯のアイアン・ブルー(スコットランドの人気炭酸飲料)といった、彼らが思い描いたかもしれないロックンロールのファンタジーからは遠い現実となったが、今でも彼らは夢を追い続けている。そして次にバンドの前に立ちはだかったのは、保守的な音楽ファンたちだった。

 

◎続きは『METAL HAMMER JAPAN Vol.11』  でどうぞ

 

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